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恋のわかれ唄



              T.Asakaさんからの投稿です。


昨夜千葉県を中心にあんなに降った豪雨は、まだ降り足らなかった・・・と思うほど

今朝も勢いよく降り続いている。

思い返すと昨夜は孫たちと一緒に夕食をとった。上の孫は携帯電話を買い換えて、食事中にも拘わらずアドレス登録に夢中になっていた。

死んだママ(私の妻・徳子)は生前、この孫の賢吾を、初孫ということもあって目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。あるときは勉強の相手、あるときは一緒にコロッケを丸め、そしてあるときはロマンスカーで箱根のカッパ天国へ、・・・。

賢吾も何かあれば「徳子さん!徳子さん!」・・・と慕っていた。

でも賢吾が生まれたときにはママの病気はすでにママの体の中に発生し少しづつ進行し始めていた。・・・あのガンという恐ろしい病魔が・・・・・・・・・。ママはしんどい体調を隠しながら賢吾に命をかけて育てた。



火葬場で最後のご対面ととなったママと賢吾・・・潤んだ目をして呆然と棺の中のママの天国に旅立つ姿をじっと見つめていた賢吾が痛々しく思い浮かぶ。

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(ママの病気の回復を祈祷する賢吾)




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午後になってあんなに激しく降っていた雨もいつの間にか止んで居間にも薄日が差し込んだ。

棚を片付けていると大事にしていたテープが出てきた。村上幸子の「恋のわかれ唄」・・・十数年前ママも私もこの歌をよく聴いていた。

当時はママの体も健康なときで単に、良い歌だね・・・と聴き流し・・・1コーラスで歌われる歌詞の中の「あなたと別れた 旅路の果てに 耳を澄ませば 瞽女が ああ ああ ああ 聞こえます。」ここに出て来る「瞽女」とは・・・三味線などを弾きながら歌って物乞いをする女の目が見えない人・・・のこと・・・ママが私に説明したことを覚えている。

この歌の背景はなまりの空が一面広がる新潟平野の片隅だ。・・・(私の想像)

改めて聴き直してみる。

3コーラスに入る・・・「あなたを忘れて 今日から一人  生きて行きます 泣かないわ ああ、ああ、ああ、わかれ唄」

以前は単に聴き流した歌のつもりが・・・いまは心の奥に沁みて止まない。



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by sazae322te | 2006-09-28 19:59

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時は知らない間に過ぎていきます。暑かった夏も気がついてみると秋です。
この綺麗な「あげは」の飛ぶ姿はまるで流れるような清く美しい旋律を奏でます。
でもやがて、いつの間にか姿を消してしまいます。
そして秋も深まっていきます。

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例年「黒のあげは」は黄色に比べて数が少ないようだ。
でも今年は著しく数が少ないようだ。そんな中で久しぶりに飛んできた「黒のあげは」
メドーセイジの花に比較的低い位置に飛来してきたので何とかシャッターを切ることが出来た。森進一のヒット曲「花と蝶」が一瞬、頭の中を過ぎったが、・・・外は4時を回ったと言えども、秋の日差しは強かった。

T.A

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by sazae322te | 2006-09-22 07:22

二科展

[ T.Asaka]



暑かった夏もいつの間にか過ぎ、朝夕は何となく秋の訪れを感じる季節になった。とは云っても、まだ空を見れば夏の雲と秋の雲が交差して強い日差しが上野公園一面に照り返している。このような空を行き会いの空と呼ぶのだろう。

恒例の二週間に亘る今年の二科展も今日(16日)最終日を迎えた。

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大正3年に洋画部門として二科会の発足以来、今年の開催で91回を数える。

戦後は東郷青児を中心に大きく発展した。古くは藤田嗣治や国吉康雄、近年から現代にかけても長老の織田広喜、鶴岡義雄、吉井淳二、東郷青児の主義、画風を受け継いだ安食一雄、そして裸婦の巨匠・小川以久男・・・さらに東郷たまみ、そして異色の三保ヶ関、松任谷国子、工藤静香、・・・など。

当時、東郷青児の画は甘美で哀愁感のある女性像を描き大衆の人気を高め、あの有名な自由が丘の洋菓子店の「モンブラン」の包装紙のデザインにも使われた。ここに安食一雄と東郷青児の画を掲げよう。

加藤君子・・・資生堂東京北販社を退社後・・・小川以久男先生に師事し23年間二科展に入選。持ち前のセンスと天分に美容の世界で培われた美的感性を生かし、女性らしい独特の画法で才能を発揮した。

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井原元正・・・世田谷の経堂の家の近所に住んでいた二科の会員で、私も幼少の頃、この先生に画を習っていた時代があった。ものにはならなかったが、少しは画に対する感性は養われたような気がする。これは先生の戦争直後の昭和21年第31回二科展に出品された画だ。大の猫好きで黒猫を飼って可愛がっておられた記憶がある。この画にも三匹の猫が登場している。

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高山節子・・・久喜の市会議員・そして我社チェインストアの高山薬局の社長・高山薫の長女。玉川学園卒業で絵画の世界に入り東郷青児に師事、ドイツへ留学、そしてドイツ人のカーリーンという方と結婚、しかし不幸にしてご主人を亡くし、近々日本に戻ってくる。毎年、無審査の二科の会友として二科展に出品。淡い色彩を基調にしたメルヘン調の花の画が多いが、本人に言わせると風景画の方が好きだ・・・という。私に戴いたこの画も「白樺の林の中に」・・・軽井沢の森の詩。

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渡辺英明・・・資生堂の先輩、東京北販社で先述した加藤君子さん達と同時代の同じ日暮里の職場で働いた方。定年後彫刻の分野で活動し毎年二科展の入賞を勝ち得ての出品。この作品は平成11年の第84回の出品作品。渡辺さんは芸術さん兄弟で音楽、絵画、そして本人の彫刻・・・楽しそうな人生。


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二科展は長く続いた上野の森を今日で最後に来年から六本木に移る。新しく斬新的な美術館で、また今までと違った雰囲気の二科展が新たに始まるだろう。


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by sazae322te | 2006-09-18 19:34

頂きメールから・・

d0093704_13593498.jpg私と絵画



終戦から数年経って、「帝国銀行」が以前の三井銀行に名前が戻ったのは昭和24年、この年に三井銀行の名前でが発行された一枚のカレンダーがあった。

一人の可愛い少女を斜めから見た肖像画である。たまたま三井銀行経堂支店の外回りの方が我が家に挨拶代わりに配布してくれた昭和24年の銀行のカレンダーであった。

(さかのぼる約一年前の23年1月26日は、あの世間を驚かせた恐怖の「帝銀事件」が発生した。場所は帝国銀行・椎名町支店・・・都の衛生職員・と・うたって行員に青酸カリを飲ませ12人を毒殺した事件であった。)



話は横道にそれたが、この一枚のカレンダーが、我が家の廊下の突き当たりに60年近く額に入って大切に掲げられている。たかがポスターと云えども半世紀以上に亘って大事にしている。

原画は誰が画いたものか分からずに長年の月日が流れたが、今から約15年前のある日何の気なしに夕刊に目を通していると・・・下段に大きくその画が載っているではないか!

一瞬、眼差しを疑いながら見直すと、確かに我が家にあるポスターそのものと同じ画であった。

しかもその画は左側で、画続きに右隣にももう一人の少女の肖像画が載って一枚の画になっていた。

私は目をサラの様にして記事を見た。長年にわたり、およその時代は分かっても誰が画いた画か分からずにもやもやした気持の中で掲げた画を鑑賞していたが・・・とうとうこの一瞬で疑問が解けた。

ロンドンの「ヴィクトリア・アルバート美術館」の所蔵品の展覧会を「横浜そごう美術館」で開催の旨。約70点の展示作品の中の代表作の一点。

勿論、足早に美術館へ・・・。三井銀行のポスターを長年鑑賞していたが、今、現実にこの目の前に・・・この感激!・・・言い表す言葉も見つからない。

「トーマス・ゲインズボロー」・・・18世紀中頃のイギリスの風景画家だったが、ゲインズボローは幼い二人の愛娘を永遠に留めようとキャンパスに写した。

二人の愛娘の心の内まで描ききった驚くべき描写力は、観る人幾多の感動を与えた。

この二人の愛娘はやがて精神病に病んで生涯を閉じたと云われているが・・・それを暗示するかのように憂いを含んだ表情を・・・、気づかぬままにキャンパスに写し取ったゲインズボローはまさに天性の肖像画家として名を占めた。

(この画が画かれた頃モーツアルトが誕生している)

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by sazae322te | 2006-09-15 14:00

T.Asakaさんからのメール「藤田嗣治展」


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初秋とは云えまだ蒸し暑さの残るこの時期だったが那珂湊、水戸市内を経由して、当地に着いたのは、秋の強い日差しが残る午後の3時だった。
入館する前から、7年前に初めてこの美術館を訪れたときの感動が甦っていた。

個人の美術館としては川村美術館と双璧で、今回も約1時間半にわたり内外の多くの名画を鑑賞することが出来た。
その中の一点・・・画像に挿入した「フジタ」の猫・・・この画は今年、国立近代美術館で藤田嗣治生誕120年を記念して「藤田嗣治展」が開催された時にも・・・全国から集められたフジタの作品の中で4月に観たばかりだった。
どうしてこの画が日動の常設の場所に?・・・確かこの画はあの時の記憶に間違いが無ければ、国立近代美術館の所蔵の画ではなかったのか?・・・素朴な疑問を抱きながら日動を後にして友部のインターから常磐自動車道路に乗った。
右手にくっきりと朱に染まって秋郊に浮かぶ美しい夕陽をみた。

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by sazae322te | 2006-09-13 15:36 | 芸術の秋

脳が若返ると言われているメモの効用

ブログの練習です。

これからT.ASAKAさんからの投稿をこのブログに編集してまいります。宜しくお願いいたします。 osome
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by sazae322te | 2006-09-11 21:59